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東京地方裁判所八王子支部 昭和61年(ワ)38号 判決

原告

株式会社住宅総合センター

右代表者代表取締役

原秀三

右訴訟代理人弁護士

中野寛一郎

被告

吉村栄一

栗原アサ子

右被告ら訴訟代理人弁護士

馬場榮次

被告

武田晃

武田妙子

主文

一  別紙物件目録記載の建物について、被告武田晃、同武田妙子と被告吉村栄一との間に締結された別紙賃貸借目録(一)記載の賃貸借契約並びに被告吉村栄一と被告栗原アサ子との間に締結された別紙賃貸借目録(二)記載の転貸借契約は、いずれも解除する。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

主文同旨

第二  右に対する被告吉田栄一、同栗原アサ子の各答弁

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用はいずれも、原告の負担とする。

第三  請求原因

一  原告は、昭和五七年一二月一六日被告武田晃に対して、金一七一〇万円を、利息月〇・八一%、損害金年一四・六%、元利金の返済は貸付日より二三か年間毎月一五万五二六一円宛分割して支払うとの約定で貸付け、昭和五七年一二月一八日被告武田晃、同武田妙子(以下被告晃、妙子という)から右被告ら所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を、他の二筆の土地と共に、共同担保の抵当権設定を受け、同日その旨の登記手続を得た。

二  被告晃は、右借用金の分割支払を怠り、昭和五八年六月六日の経過により期限の利益を喪失したので、原告は、本件建物を含む共同担保物件につき、担保権実行による競売申立をなし、昭和五八年一二月九日東京地方裁判所八王子支部より競売開始決定を得て、目下競売手続が進行中である。

三  これより先、被告晃、同妙子両名は、昭和五八年九月三〇日訴外金田貞保に対し、本件建物を賃貸借の期間三年、賃料月額三万円、賃料は期間内全額支払ずみ、保証金四〇〇万円預託、賃借権の譲渡、転貸が自由に出来るとの特約のついた約定で賃貸した。

四  訴外金田貞保は、前項賃借権を昭和五八年一一月二六日被告吉村栄一(以下被告吉村という)に譲渡し、同建物を引渡した。

五  被告吉村は、昭和六〇年九月一九日被告栗原アサ子(以下被告栗原という)に対し、本件建物を期限昭和六二年一月三一日まで、賃料月額五万五〇〇〇円の約定で転貸し引渡した。

六  右賃貸借及び転貸借は、いずれも民法三九五条所定の期間内のものであるが、以下記載のとおり、抵当権者である原告に損害を及ぼすものである。

1  被告晃、同妙子らと同吉村間の本件建物に対する賃貸借契約は、執行妨害のためになされたものと思料される。即ち、月額三万円の賃料は、本件建物の賃料としては、不当に低廉であり、しかも三年間の期間中全額支払ずみというのは異常であり、賃借人から賃貸人に預託した保証金の額は四〇〇万円という、一般木造住宅の居住を目的とする賃貸借については常識をこえる高額なものであり、更に賃借権の譲渡・転貸が賃貸人の承諾を要せず、自由に出来るというものである。

2  かような賃貸借契約がなされる時は、競落により所有権を取得しようとする者は、これを承継しなければならない立場に置かれる結果、買受希望者は極端に制限され、競売価額は低くならざるを得ない。

3  本件競売事件の記録中の指定評価人畠山彪作成の昭和五九年四月二五日付評価書によると、本件建物の評価額は、右賃借権が付着し、転借人が占有していることを理由に、建物利用権減価を総額の二〇%と判定して、建物評価額を算出している。

4  原告の被告晃に対する昭和五八年六月六日現在における抵当権の被担保債権の元本及び利息の総額は、一七一七万四六七〇円であるが競売裁判所の決定した、競売物件全部の一括売却の最低売却価格は一一一六万円であつて、仮にこの価額による買受人があつたとしても、原告は六〇〇万円以上の未回収債権が残ることとなり、同額の損害を蒙る。

本件賃貸借及び転貸借契約が解除されれば、最低売却価額は更に高額になる事は明白である。

七  従つて、原告は抵当権者として、その損害を免れるために民法三九五条但書により、前記賃貸借及び転貸借の解除を求める。

第四  被告吉村の答弁

一  請求の原因に対する認否

(一)  請求原因一項及び二項の事実は不知。

(二)  同三項及び四項の事実は認める。

(三)  同五項の事実中、被告吉村は被告栗原に対し、本件建物を賃料月額五万五〇〇〇円の約定で転貸したことは認める。

(四)  同六項の事実中、本件賃貸借及び転貸借が民法三九五条所定の期間内のものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

二  被告吉村の主張

(一)  被告吉村は、居住地において一般土木、基礎工事、車庫、門扉、フェンス、ブロック工事等を請負う仕事を行つている者であり、従業員は日雇労務者を含めて平均一〇名位の職人が働いている。

(二)  本件賃貸借の譲渡を受けた状況

被告吉村は、職人の宿泊施設として賃貸建物を捜していたところ、本件建物を紹介され、敷金が四〇〇万円と非常に高かつたが、家賃が月額三万円であり、又敷金は賃貸借終了後、自分の手元に戻つてくること、さらに三年後にも更新が可能であることなどの説明を受けて、職人(労務者)の宿泊所として本件建物を借りることにした。

そして昭和五八年一一月二六日訴外金田卓保に対し敷金四〇〇万円及び三ケ年間の賃料合計一〇八万円合計五〇八万円を支払つて賃借権の譲渡を受けた。

三  被告吉村は昭和六〇年一月まで前記のとおり職人の宿泊所として本件建物を利用して来たが、同年二月から訴外篠原正史に賃料月額五万五〇〇〇円で転貸した。

訴外篠原正史は、本件建物に妻アサ子(被告栗原)と息子の三人で居住していたが、最近妻と離婚するに際し、被告吉村に対して自分は本件建物から出て行くが、妻子の生活の場として是非本件建物を現状のままで貸してやつて欲しいと懇願され、被告栗原に本件建物を継続して転貸している。

従つて、被告吉村には決して原告の競売手続を防害する意思などなかつたものである。

四  又賃貸人においても、確かに原告に対する抵当権の設定登記はしているものの、右被担保債権は二三年間の分割支払いであり、それも昭和五七年一二月一六日に借入れたものであることから、所有者として当然に本件建物の利用権はあるものと考え、又それを被告吉村が信じるのは無理からぬことであり、その点から考えても、被告吉村において原告の競売手続を妨害する意思などまつたくなかつたものである。

第五  被告栗原の答弁

一  請求原因事実に対する認否

(一)  請求原因一ないし四項は不知

(二)  同五項は認める。但し、被告が転借したのは昭和六〇年二月からである。

(三)  同六項は争う。

二  同被告の主張

本件建物については、被告栗原の夫篠原正史が被告吉村から賃借していて、被告栗原は夫と共に右建物で共に生活していたが、離婚するに及び、右建物で生活していくため、被告吉村から引き続き転借を受けたもので、その他のことは何も知らず、まして本件建物の抵当権者である原告に損害を与えようなどとは思つてもいない。

第六  原告は被告らの主張をすべて認める。

第七  被告晃、同妙子は、公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第八  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、

(一)  原告は、昭和五七年一二月一六日被告晃に対し、一七一〇万円を、利息月〇・八一%、遅延損害金年一四・六%、元利金の返済は貸付日より分割払いの約定で貸与し、被告晃、同妙子は同月一八日、両名共有の本件建物を他の土地二筆と共に共同担保として右債権を担保するため抵当権を設定し、同日その旨の登記をなした。

(二)  被告晃は、右分割金について昭和五八年六月六日に支払うべき第五回目分の支払いを怠つたため、約定に基づき、同日の経過と共に期限の利益を失つた。

その結果、残元金一七〇三万二一七五円、利息一四万二四九五円(昭和五八年五月六日から同年六月六日までの分)が残つている。

そこで、原告は抵当権の実行として、本件建物をその他の二筆の土地と共に競売申立をなしたところ、本件建物については短期賃貸借がついているために、利用権価値が二〇%減価し、最低競売価格は一一一六万円と鑑定評価され、同年一二月九日競売開始決定がなされた。

(三)  被告晃、同妙子は、同年九月三〇日被告吉村に対して、本件建物を期間三年、賃料月額三万円(賃料は右期間内全額支払済み)、敷金四〇〇万円の約定で賃貸し、賃貸権設定仮登記がなされた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二但し、右(三)の事実については、原告と被告吉村間においては争いがないとこである。

三その後、被告吉村は同栗原に対して、昭和六〇年九月一九日に期限同六二年一月三一日まで、賃料月額五万五〇〇〇円の約定で転貸したことについては、原告と被告吉村及び同栗原間において争いがない。

四そこで、本件建物についての被告吉村に対する賃借権の約定及び被告栗原に対する転借権の設定は、いずれも原告の右土地に対する抵当権設定登記後になされたものであるが、その期間がいずれも民法六〇二条に定める三年を超えず、その引渡がなされているので、同法三九五条により原告の抵当権に対抗できるものというべきである。

五ところが、前記認定のとおり、原告の被告晃に対する貸金元利合計は一七一七万四六七〇円であるのに、本件賃借権及び転借権が存在するために、その価値が二〇%減少し、そのため右建物及び他の二筆の土地をも含めて最低競売価格は一一一六万円にとどまり、その結果、六〇一万四六七〇円について原告は債権回収ができない。

従つて、本件建物について被告吉村の賃借権、同栗原の転借権が存在することは、原告に対して債権回収がそこなわれ、損害を及ぼすことは明白である。

六なお、民法三九五条但書の短期賃貸借の解除については、賃貸人が右損害が存することにより抵当権者に対して損害があれば足り、賃貸人、賃借人が右損害を及ぼす意思のあることを要件にしていないから、被告吉村及び同栗原の損害を及ぼす意思がない旨の主張は、原告の解除の請求に対して何ら妨げとなるものではない。

七以上のとおりであるから、原告の被告らに対して、本件建物についての賃貸借及び転貸借の解除を求める請求は、いずれも正当であるから認容し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官安間喜夫)

物件目録

所在 東京都西多摩郡瑞穂町大字石畑字武蔵野七七壱番地七

家屋番号 七七壱番七

種類 居 宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積

一階 参参・八四平方メートル

二階 弐五・九六平方メートル

賃貸借目録

(一) 契約締結日 昭和五八年九月三〇日

賃貸人 被告武田晃・同武田妙子

賃借人 被告 吉村栄一

賃料 月額三万円

支払期 支払済

存続期間 三年

保証金 四百万円

特約 譲渡、転貸ができる。

(二) 契約締結日 昭和六〇年九月一九日

賃貸人 被告 吉村栄一

賃借人 被告 栗原アサ子

賃料 月額五万五〇〇〇円

存続期間 昭和六二年一月三一日まで

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